新庄嘉章

1948年
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新庄 嘉章(しんじょう よしあきら、1904年11月10日 - 1997年8月26日)は、日本のフランス文学者

経歴

広島県生まれ。早稲田大学仏文科卒、早稲田大学教授を務めるかたわら、アンドレ・ジッドなどを研究、数多くのフランス文学の翻訳をおこなった。定年退職後、名誉教授。 1984年、『天国と地獄の結婚』で平林たい子文学賞受賞、1990年、日本芸術院賞・恩賜賞受賞、同年に日本芸術院会員。

人物エピソード

仏文科教授在職中に、英文科出身の宮城谷昌光から同人小説冊子を送られ、読後、宮城谷を招き早稲田文学編集長だった立原正秋に推薦した。[1][2]

1964年2月24日、東京中野の料亭「ほととぎす」で開催された「竹の会」の宴席で、木山捷平に暴行し右手薬指を負傷させた。さらに「また売文のネタが一つ増えたじゃないか。それを随筆に書いて、その原稿料で温泉にでも行って来い」と暴言を吐いたため、木山から「握手の被害」(1964年、『日本経済新聞』)ならびに実名小説「薬指」(『風景』1964年9月号)の中で糾弾された。[要出典]

著書ほか

翻訳

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ 『新庄嘉章先生のこと』 - 「早稲田学報」1991年6月号
  2. ^ 宮城谷昌光『随想 春夏秋冬』 新潮社、2015年4月

外部リンク

 
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  • 1991: 九代目坂東三津五郎
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太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。
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