津軽地震

座標: 7+14±14と推定される。弘前から大釈迦付近で発生したとされる[1]明和津軽地震とも[2][3]。油川では現在の震度にして、震度7相当の揺れと推定されている。地震により弘前城の損壊などが発生。死者は約1,500人に達し、深刻な被害となった。津波も発生し、千葉県の銚子に届いたとの記録もある。 起震断層は、津軽山地西縁断層とする説と[4]知られていない断層とする考えがある[3]

参考文献

  • 松浦律子, 唐鎌郁夫, 中村操「歴史地震の震源域位置および規模の系統的再検討-第1報- (1766年津軽の地震1830年京都および隣国の地震)」『日本地震学会講演予稿集』第1999巻第2号、1999年11月、C35、NAID 10004476551。 

脚注

  1. ^ 細萱京子「歴史記録から見た明和津軽大地震の被害とその特徴」『2009年度地理学野外実習報告書 青森』、信州大学 教育学部自然地理学研究室、2011年2月、1-8頁。 
  2. ^ “「あおもり歴史トリビア」第94号(2014年2月7日配信)/青森市”. www.city.aomori.aomori.jp. 2020年10月6日閲覧。
  3. ^ a b INC, SANKEI DIGITAL (2017年10月2日). “【温故地震】都司嘉宣 明和津軽地震(1766年)古文書で浮かぶ未知の活断層”. 産経ニュース. 2020年10月6日閲覧。
  4. ^ 小田切聡子、島崎邦彦「歴史地震と起震断層との対応」『地震 第2輯』第54巻第1号、日本地震学会、2001年6月、47-61頁、doi:10.4294/zisin1948.54.1_47、ISSN 00371114、NAID 10007414447。 
1884年以前に日本で発生した主な地震歴史地震
 
- 1749年
古墳時代
飛鳥時代
奈良時代
平安時代
  • 弘仁(818年、M?)
  • 天長(830年、M7 - 7.5)
  • 伊豆(841年、M7)
  • 出羽(850年、M7.5?)
  • 播磨(868年、M7?)
  • 貞観(869年、M8.3<)
  • 元慶(878年、M7.5<)
  • 仁和(887年、M8<)
  • 山城・近江(976年、M?)
  • 万寿(1026年、M?)
  • 永長(1096年、M8<)
  • 康和(1099年、M?)
鎌倉時代
室町時代
安土桃山時代
江戸時代前期
 
1750年 - 1799年
1750年 - 1759年
1760年 - 1769年
  • 佐渡沖(1762年、M7.0)
  • 宝暦八戸沖(1763年、M7.9)
  • 津軽(1766年、M6.9)
  • 日向・豊後・肥後(1769年、M7.8)
1770年 - 1779年
1780年 - 1789年
  • 庄内(1780年、M7.0)
  • 天明小田原(1782年、M7.0)
  • 阿波(1789年、M7.1)
1790年 - 1799年
 
1800年 - 1849年
1800年 - 1809年
  • 佐渡小木(1802年、M6.6)
  • 象潟(1804年、M7.0)
  • 紀伊半島沖(1808年、M7.6)
1810年 - 1819年
  • 羽後(1810年、M6.5)
  • 神奈川(1812年、M7.0)
  • 文政近江(1819年、M7.3)
1820年 - 1829年
  • 陸中岩手山(1823年、M6.0)
  • 三条(1828年、M6.9)
1830年 - 1839年
  • 京都(1830年、M6.5)
  • 美濃西部(1833年、M6.3)
  • 庄内沖(1833年、M7.5)
  • 石狩(1834年、M6.4)
  • 宮城県沖(1835年、M7.0)
  • 釧路・厚岸(1839年、M7.0)
1840年 - 1849年
 
1850年 - 1884年
1850年 - 1859年
1860年 - 1869年
1870年 - 1879年
1880年 - 1884年
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