ノートルダム慈善信心協会の設立を記念する版画に付した詩

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ノートルダム慈善信心協会の設立を記念する版画に付した詩』(仏語原題: La Confrérie de l'esclavage de Notre-Dame de la Charité )は、モリエールによる1665年制作か。

内容

フランス語原文[1] 日本語訳[2]
Brisez les tristes fers du honteux esclavage 恐ろしい悪行へとあなたを駆り立てる
Où vous tient du péché le commerce odieux, 屈辱的な隷属の鎖を引きちぎってしまいなさい。
Et venez recevoir le glorieux servage そのかわりに、栄光の隷属下に入るべく、
Que vous tendent les mains de la Reine des Cieux. 神々の女王が差し伸べる手をとりなさい。
L'un sur vous à vos sens donne pleine victoire, 一方に従えばあなた自身が、完全な勝利を収めることができるでしょう
L'autre sur vos désirs vous fait régner en rois; 他方に従えばまるで王様のように、自身の欲望を思い通りに支配できます;
L'un vous tire aux Enfers et l'autre dans la gloire. 一方はあなたを地獄へ引きずり込みますが、他方はあなたを栄光へと導きます。
Hélas! peut-on, Mortels, balancer sur ce choix ? ああ!生命に限りある者たちよ、どちらを選択するかためらうことがあるでしょうか?

成立過程

慈善信心教会は、1665年にアレクサンデル7世によって設立された。フランソワ・ショヴォーはその設立を記念する版画の制作を任され、それに付する詩をモリエールに依頼した[3]

この版画、並びに詩は埋没し、長らくその存在を知られていなかったが、1837年に発見された[3]

日本語訳

  • 『ノートルダム慈善信心協会の設立を記念する版画に付した詩』秋山伸子訳、(モリエール全集 第4巻 所収)、臨川書店、2000年、ISBN 4-653-03714-0

脚注

  1. ^ パブリック・ドメイン
  2. ^ 本項初版投稿者による訳
  3. ^ a b モリエール全集4,P.396,臨川書店,2000年刊行
戯曲
1645年? 飛び医者 1650年? ル・バルブイエの嫉妬 1655年 粗忽者 1656年 恋人の喧嘩 1658年 恋する医者 1659年 才女気取り
1660年 スガナレル 1661年 ドン・ガルシ・ド・ナヴァール 1661年 亭主学校 1661年 はた迷惑な人たち 1662年 女房学校 1663年 グロ=ルネの嫉妬
1663年 女房学校批判 1663年 ヴェルサイユ即興劇 1664年 強制結婚 1664年 ぼうやのグロ=ルネ 1664年 エリード姫 1664年 タルチュフ
1665年 ドン・ジュアン 1665年 恋は医者 1666年 人間嫌い 1666年 いやいやながら医者にされ 1666年 メリセルト 1667年 パストラル・コミック
1667年 シチリア人 1668年 アンフィトリオン 1668年 ジョルジュ・ダンダン 1668年 守銭奴 1669年 プルソニャック氏 1670年 豪勢な恋人たち
1670年 町人貴族 1671年 プシシェ 1671年 スカパンの悪だくみ 1671年 エスカルバニャス伯爵夫人 1672年 女学者 1673年 病は気から
詩とソネ
1655年 相容れないものたちのバレエ 1655年 クリスチーヌ・ド・フランスに捧げる歌
1663年 国王陛下に捧げる感謝の詩 1664年 ご令息の死に際してラ・モット・ル・ヴァイエへ捧げるソネ
1665年 ノートルダム慈善信心協会の設立を記念する版画に付した詩 1668年 フランシュ=コンテを統治下に収められた国王陛下に捧げるソネ
1668年? ボーシャン氏のバレエのメロディーに付した詩 1669年 ヴァル・ド・グラース教会の天井画を称える詩
1671年? 美しいメロディーにのせた題韻詩
人物と関連項目
マドレーヌ・ベジャール アルマンド・ベジャール マルキーズ・デュ・パルク カトリーヌ・ド・ブリー ラ・グランジュ ミシェル・バロン ジャン=レオノール・グリマレ
盛名座 モリエール劇団 オテル・ド・ブルゴーニュ座 モリエールの医者諷刺 モリエール (列車)